植物についてのエッセイを本にまとめました

このたび、板野肯三さんという方が書かれた、植物についてのエッセイを、本としてまとめさせていただきました。本の紹介ページは、こちらです。

 

板野さんは専門がコンピューター工学の大学教授ですが、ものすごい植物愛に溢れた方です。それに、ちょっとした秘密をお持ちです。その秘密は、本を読んでいただけるとわかります。

 

最初に打ち合わせさせていただいたときに、次のような方向性で行きたいね、と言っていたのですが、出来上がってみると、本当にそういう本になっていました。

 

1 その本を読んだ人が、花や植物の気持ちがわかるようになるような本を作る。
2 宇宙的な視野で植物を理解できる、新たな世界観の物語を提供する。
3 それを知ることで植物に寄り添う視点ができるようなもの。
4 原理的な話だけでなく、実際に植物と会話してその個性や、何を求めているかなど具体的な事例を挙げる。

 

なんとなくお分かりと思いますが、そうです、板野さんは植物と話ができるのです。

 

筆者は個人的に、植物と話ができる人をもう一人知っています。京都でスピ系の仕事をされている方です。それに、書名は忘れましたが、九州の方に、神社の楠の御神木から聞いた話を本にしている方もいて、その方の書かれた本を筆者は読んだことがあります。

 

アイヌの神話を読むと人々は日常的に植物と対話をしていますし、ネイティブアメリカンの人たちも全員ではないにしても植物と話せる人は多かったようです。植物と話ができる人は、世の中に意外にたくさんいるのかもしれません。

 

この本を作るにあたって、筆者たちは板野さんと一緒に、植物園や、奥多摩のセラピーロードなど、何度も一緒に現地で取材をしました。取材でわかった情報は結構膨大な量があって、全部は書ききれないので、今回の本に収められているのは、ほんのさわりだけです。

 

海外の本では、「植物は<知性>を持っている」という本がベストセラーになっているようです。その本は植物が人間のように知的な活動をしている証拠をたくさんあげて、植物には知性があると主張しているのですが、流石に「植物は意識を持っている」という言い方はしていません。

 

でも、知性があるということは、外の世界のことを捉える意識があるということと同じはずです。意識があるということは、彼らも我らと同じく彼自身のインナーワールド、意識の住む内的な世界を持っているということですから、それは魂があるということと同じはずです。知性があるという言葉を使うと科学で、魂があるという言葉を使うと似非科学だという人がいるのは、なげかわしいことです。

 

板野さんは、そこのところを飛び越えて、魂という言葉で、植物の思いにストレートに切り込んで行きます。というより、植物のエネルギーにタッチすると、魂同士がつながってしまうのだそうです。

 

この本は、易しい言葉で書かれた、29個の珠玉の植物エッセイ集です。板野さんの軽妙な語り口に乗って、驚いたり感心したりしているうちに、自然に板野さんの植物愛が体の中に染み込んできます。

 

現代人は、植物を物と同じように考えています。それは、植物のことを人間があまりにも知らないためです。この本を読み終わったら、もう植物を物としてみることはできなくなります。